78年の冬に実際に現地に入って岩場を発見・確認して、82年〜84年ごろに、九州の友人や関東から北山公園のボルダ−を楽しみに、我家に来た涸沢時代の仲間達を誘ったり、故・K君と共に最初の開拓を開始した懐かしい丘陵地帯の、尾根状箇所に点在する『六甲山・範囲の岩場』としては珍しく、高距・スケ−ルの大きなビッグ・ボルダ−・エリア。初期の設定ラインの幾つかは、震災時に僅かに、影響を受けたが基本的には岩場として、状態は良い方だ。82年ごろの岩場への接近は、尾根までは比較的、容易で踏み跡も存在していたが各・大岩への接近には、猛烈な藪・羊歯、潅木帯の突破に一苦労したのだが、最近は尾根には切り開かれた道があるので、接近は容易になった。『表・六甲山』に残された、唯一と呼んで良い、未だに課題を発見できる、六甲山・範囲では貴重なエリアの岩場だと言える。

尾根上の踏み跡は、年々と踏まれていて各方向への、派生的な歩行コ−スが増加中。

81年〜83年、当時の情報を共有・交換が多かったOCSメンバ−にも、多分?実際に、このエリアで活動した若手のクライマ−が、いたと思う。話題としては、意外と人に紹介していた記憶を持つ。
この『北山公園・範囲の最北端のボルダ−群』は、甲山・周辺から夙川〜方面の車道から、肉眼でも確認できて、周辺のハイキング・コ−スを歩けば、クライマ−なら必ず気になる大岩なので、私達と同じ様に、80年代から必ず誰かはクライミング目的で、この尾根範囲に来ていた筈だ。
86年、以降は足を向けなくなったエリアだが、震災後に数度、歩くだけは尾根に来ていた記憶がある。
明瞭とは言えないが現在は尾根に踏み跡が存在するので、大きく分けて4箇所のボルダ−への接近は簡単で、一部に不明瞭な分技箇所があるが、ボルダ−取り付きに到る道は数箇所から侵入が可能。岩場は尾根上の高い位置にあるので、それぞれのトップからの、視認も用意、そして景観も非常に良いエリアだ。
09年11月04日 水曜日 20年ぶりに昔、遊んだ岩場を訪れてみた。ブラッシングの痕跡があり、クライミング目的で、この岩場が利用されている痕跡を確認。尾根にはビニ−ル・テ−プのマ−キングが残されていた。
後方の景観で岩場の位置が判る方は、かなり六甲山での山歩きに通じている方だ。
Wednesday, 04 November, 2009
北面に六甲範囲の岩場では珍しい、オフウィズス。東面に垂直のクラック、南面にボルダ−課題の短いフエィスとコンパクトな岩場ながら、中々に面白い。テ−ブル・ロックに乗った大岩も、この山域では非常に珍しい。79年頃に、東面のクラックをトップロ−プで登っているのだが、20年ぶりに取り付きの整備に来ると、クラック下部の壁に、醜いチッピングが多数。課題が解決できないなら昔の私達の様に、トップロ−プで上部のクラックだけを楽しめば良いのに、無理やりラインを製造しても、何も意味が無い。
09年11月06日 金曜日 クラック中間部に蜂の巣あり『危険』
Friday, 06 November, 2009
この周辺の尾根上に点在する大岩に関しては、かなり古くから登山者の目に入っていて、現地に入らなくても車道や一般的に知られていて人気のあるハイキング・コ−スからも岩場の存在は確認できていた。実際に、このエリアに探査目的で足を踏み入れた登山者・クライマ−は、私達が最初にクライミング用具を持参で、猛烈な藪山に突入する以前から、意外と多く入っていた事は確かで、尾根に上がる明瞭な踏み跡は無かった頃にも、大岩付近に樹木の伐採跡や岩の上に残された、先行者クライマ−の痕跡も確認していた。
最近、20年以上の空白期間後に再訪すると、幾つかの大岩には『ボルダリング』利用と感じる、痕跡が幾つも存在していて、ある大岩の課題・取り付き範囲では大量に伐採された枯木が積まれていて、少なくとも1年〜数年前には、ボルダリングを行う為に、この周辺で整備・作業が行なわれたと推察できた。かなり『ひどい・チッピング』の現場が、この樹木の伐採者と同一なのかは現時点では判らない。少なくとも83年、84年には、この大岩・範囲で、これらのチッピングの痕跡を私は発見していなかったと記憶している。
まるで『タガネ』か何かで、削った様な醜い『チッピング』これ、以外にも多数の岩面への蛮行を確認
『ボルダ−』使用を目的と考えられる、大岩・取り付き範囲で樹木の伐採跡を見ている。かなり本格的に手を加えて整備が行われたと思われ、ランディング用に土砂や斜面への、加工も見受けられた。個人単位では、かなり労力が必要そうなので、数人範囲のグル−プによる作業かも、知れない?鋸・使用での伐採痕は、それほど昔とも思えないので、意外と最近にクライマ−が入り出しているのかも知れない。
しかし整備・作業の範囲での岩面への、加工・チッピングに関しては、かなり悪質で執拗な痕跡・多数。
殆どのチッピングは課題の、解決の為だけとも思えないので、悪質と思う。
トップにハンガ−を外した後の、六角ボルトが1本・残置されていた
地域の住人の散歩コ−スとしても利用されている、遊歩道・沿いに点在?している露岩、こんな岩も、最近は誰かがボルダ−として使用しているようだ、この周辺の小さな尾根には、お気に入りの大木が残っていて、歩きを楽しむ愛好者が入山している。幾つか狭い範囲の山中に小さなボルダ−が,存在。やはり、最近、無料の駐車場が公衆トイレと共に、設置・整備された事が影響しているのかも知れない。
Thursday, November 12, 2009 記憶の中に残る尾根、北端の『ボルダ−』の確認の為に、すっかり周辺の樹木が伐採された目立つ場所の『ボルダ−2』から、下り気味に岩塊が点在する斜面に入る。この辺りには踏み跡は無く、少し伐採作業を行ないながら『ボルダ−=大きく3個が集合した大岩』へ到着。
東面に二箇所、すっきりとしたスラブ面が面白そうで、中央・岩頭に立つと、その部分にもスラブの課題として使える面がある。アプロ−チは整備しましたが、このボルダ−外周は、これから整備が必要でしょう。
西側の支尾根上の目立つ『ボルダ−』かなり、利用されているようでカンテと左フェ−スは課題として完成状態。グル−イング箇所あり?スタ−トは安定している。
(下・写真)82年頃に、この大岩の手前の岩場までは、クライミング目的で入っていたが、岩場付近から大岩の存在は確認していながら、その頃は、このボルダ−までは探査していなかったようだ?記憶に無い。若い仲間達が手を触れていたのかどうかも、今となっては20数年の空白で確かめようも無くなった。
この大岩の存在を知ったのは、震災後・数年たって生活が落ち着いて懐かしい記憶から、尾根を歩きに来た時だが、その時には大岩までの踏み跡やボルダリングの痕跡は見られなかった。
ボルダリングの課題として、利用され出したのは多分2002年、以降の事だと考えられる。
Thursday, November 12, 2009
過去の状態を知っている者としては、この辺りのボルダ−(大岩)で、最近・行われているクライミングには失望するしかない。かなり執拗かつ、広範囲にチッピングが行われていて、私達が力量不足で諦めた課題にも岩を削った痕跡が多数・・・・記録を出すつもりなのか?
1982年、当時に九州の友人や関東の仲間達が、関西に来たついでに、言葉巧みに誘って開拓に、つきあってもらっていた、このエリアと指呼の距離の、一種の同一範囲での開拓クライミング地『目神山』と、この『北山公園ボルダ−・エリア』の、最北端=『北山公園ボルダ−北部エリア』は、知っているクライマ−は意外と多いが、情報は極端に少ないようだ。
Tuesday, December 01, 2009
Tuesday, December 01, 2009
西宮市『東六甲山・北山丘陵・最北部ボルダリンング・エリア』
神音山ヘのハイキングコ−ス途中から見下ろした『北山丘陵・北部ボルダ−・エリア』
09年12月12日 土曜日 『ガベノ城へのハイキングコ−ス途中から、北山丘陵のボルダ−を見る
Saturday, 12 December, 2009
2009年10月に確認。ここまで削るのかと。。。チッピング現場
貯水池から最初に目に入る『岩』だが、価値は低い
2009年12月18日 このボルダ−・エリアへの最短アプロ−チを探査していて、以前に神音山へのハイキング道の途中から、見下ろして予測していた場所からの侵入で、期待を裏切られた経験から、車道横に3台ほど駐車できるスペ−ス付近から、目星をつけていた尾根に上がってみた。これが正解で車を停めた場所から焼く10分で、東側の最初のボルダ−に到着。
車道からの、入山箇所にも目印があり、数箇所にビニ−ル・テ−プが立木に巻かれていたので、ボルダ−群に接近するアプロ−チとしては、甲山・側の新しい無料駐車場からよりも、はるかに近くて便利だった。
西宮市・範囲のボルダ−としては、この下・写真の『ボルダー』は最も接近が容易だろう。
Friday, 18 December, 2009