『アイゼン=クランポウ』
布製の『キャラバン・シュ−ズ』に塗装も雑な『X型のカンジキ』を履いたのが、アイゼン使用の最初の一歩。
『本物』の、アイゼンは国産の10本爪『タニ』の黒塗装された中古品から。次に『サレワの初期プレス製品』
の出回り始めた12本爪タイプ。(上・写真)の赤塗装の『タニ12本・爪』は借り物を使えたが、購入しなかった
世界でも、当時の水準から見比べても高機能・耐久強度を有していたアイゼンで世界に誇れた。
グリベル等の同時期に登場していた『鋳造アイゼン』と、比較しても前爪の性能は素晴らしく、日本での評価よりも、少し遅れて使い始めた『韓国クライマ−』から正当な、高い評価と支持を得ていた。
『縦爪』の性能は、一般雪山・登山でよりも、本格的な『氷』アイス・クライミングで発揮されたが、当時の国内の技術・水準や活用・場所では、当時としても珍しかった、この『縦に捻った鋭い前爪』の、本当の価値を理解出来るクライマ−は少なかった。プレス・方式での当時・最先端の海外製品が主流となり始めた頃だったのと海外用具に憧れが強かった時代の流れも、あってかこの国産の優秀品は以降の改良・改善が進まぬままに徐々に日本で愛用者が消えて行き、過去の『アイゼン』となってしまった。
IBSが、大阪に出店した当時の店長が、中京山岳会に所属されていた『貫野さん』だった頃に、色々と北米の最新クライミング・ギアを見せて貰えて、幾つかのギアを実際に借受けて藤内壁などで使える、機会が得られていた。そういった当時としては、雑誌にさえ紹介記事も写真・広告も出ていない様な最新ギアを使えた幸運は後々までに、私の『クライミング・ギア』に対しての、研究心や実際の使用欲求に強い影響を残した。

毎晩、新規入荷の新しい『登山用具』を、実際に手に取りながら『夢』に近づけたのは幸運以外の何者でもなかった。
高校生の春休みに始めて本格的な『雪と岩の世界』に、このサレワの初期プレス製12本爪のアイゼンを履いて踏み込んでから、幾つものサレワのアイゼンを使い潰して来た。最初は『シャルレの10爪アイゼン』に皮製のアイゼン・バンドを使っていて、サレワの軽く使い易い『12本爪アイゼン』に、履き替えた時には急斜面での安定性と、楽に蹴り込める前爪(フロント・ポィント)の効果に驚かされた。

世界初の【完全リジット・タイプ】の、パ−ツ分解が可能だった(旧)シュィナ−ド社・製品の『リジット・アイゼン』は高品質で使用されている金属も、吟味された製品だったが、後にドイツ・サレワ社が『パテント製造』した
同型モデルには、期待を大きく裏切られた経験を持っている。価格面では購入が僅かに?しやすかったのだが初期・入荷品は真鍮色で精悍さに乏しく、外観と同じくオリジナル物と比較して性能面で劣っていたのは確か。次に塗装を変えて『黒色モデル』が、登場したが、これも剛性感が違い、金属磨耗も激しくてオリジナル製品との差が大きかった。初期の、この『サレワ・シュィナ−ド』は、購入して失敗だったと思う、私のアイゼン使用経歴の中でも、最も無駄な購入品と言える。

使用者も、決して多いとは思えなかったが日本国内には次ぎの固定金具・付属のモデルも含めて数年間の期間に数種類の改良モデルが、次々に登場していた。オリジナル『モデル』に、唯一・対抗?満足いく機能と性能に、耐久強度を有していたのは、アメリカ『SMC/CMI』の殆ど、オリジナル製品に似通ったモデルだけ

一世を風靡?クライマ−から一定の高い評価を受けていた『サレワ』製品の、オリジナリティ−やドイツ製品らしい性能・評価が、徐々に失われ出して他のクライミング・メ−カ−が良い『製品』を、造り出した頃に、この『サレワ・シュィナ−ド・モデル』が登場していて、パテント製造品に移行しなければ新しい用具を生み出せなくなっていた時期なのかと、幾分か感慨深い。

プレス・アイゼンの代表作を生み出し、現在の『アイゼン』の原形を生み出したような『サレワ』だけに、何か惜しい気持ちを持っている。20世紀に入って、やはり『サレワ社のクライミング・ギア』に、何か先鋭的で革新的だと思える製品を見ないし、素晴らしいデザィナ−の陰を、用具に見ないのも残念。
アイゼン・バンドが『ネオプレ−ン製品』に、変るまでの期間は随分と手間取る、面倒な作業だったアイゼンの固定も、凍らないスム−ズなネオプレ−ン・バンドの扱い易さは、当時は多くの登山者に知られていなかった。同時期に知られ出したサレワから発売された『ケ−ブル・システム/ワイヤ−ロック』が、普及し出したからで、このシステムは後に国産品が模倣・流用したがシステムの完成度は低かった。そして、各社から、この便利で確実な固定システムがアイゼンと合体したシステムで発売されると、後付けタイプのオプション・モデルは消えていった。私は、少なくとも、このタイプのワイヤ−を6個は購入・使用していた。
『ラプラウドのドメゾン・モデル』は2種類3組を数年間に亘って連続的に使用していた。
主に冬季の『岩』でのクライミングを中心にアイゼンを選ぶ時に『愛用』していた『シャルレ・モデル』全体に爪の長さが当時の主流タイプとして発売されていた海外製品の中では、短く特に前爪が純粋な岩場では使い易くて、国産品の『カジタ』か、この『シャルレ』かで迷っていたが強度面での信頼から、こちらを選んでいた。
個人的に最も頻繁に、かつ長時間の使用で愛着を持っている『シャルレ・ヤニック・セニョ−ル・モデル14本爪』初期の黒色コーティングが施される以前のモデル。ヒ−ル部を当時・使用していた『マジョ−ル・ブ−ツ』の踵部と相性の良かった、シモンのパ−ツと交換して使用。
フロント・スパイクは購入時の新品から比べて、半分の長さに磨り減って、ジョイント・バ−も破損。それでもアイゼン練習で使って、これ以上は使えないという、ところまで使っていた。
磨り減る『フロント・スパイク』の削り角度を、いろいろと変えて研究していた頃の愛用品
初期の試作品「プロト・タイプ」SMC−モデル(高品質な素材・金属と一体式が当時は異色)試供品
『ワイヤ−・ビンディング・システム』から、発展し出した初期の『ヒ−ル・レバ−方式の固定具』普及しなかった
『フロント・バ−&ヒ−ル・ロック・システム』でアイゼンとブ−ツの固定を最も初期に確実な「システム」として考案・各種製品に採用して、評価を得て普及したのは『フランス・シモン』セキネル・モデルの後継種の『マカル−・シリ−ズ』は日本国内での愛用者を急激に、増やしたが靴との相性で、外れ易く不安定な場合もあった。当時は、同一の『ビンディング・システム』の発展・改良時期で他のメ−カ−が、システムの追随から改良に入り出したばかりなので、『シモン』以外の好みのアイゼンに交換して使うのには、かなり改造が要求された。
フロント・ポィントが減り出すと、岩専用に使うか、更に磨耗して「アイゼン・トレ−ニング」に使うかだったが、パ−ツ利用で、私は『マカ−ルのビンディグ』を他のメ−カ−に取り付け利用していた物も多い。
シャルレの『ボワバン・モデル』俗に、14本爪と呼ばれていたセカンド・ポィントのデザィンが優秀な愛用品で最も、私個人は様々な条件下で使用して信頼度が高いと感じていた名品。ピンディングを敢えて使わず、安心出来る『ネオプレ−ン固定バンド』を使用し、他の人とは異なるオリジナルの締め方を採用していた。
フロント・スパイクのデザィンや「固定バンドの方式」その他、個人的に不満が多かった国産品。シヨップ経由でモニタ−使用として提供された一つだ。一回のクライミング(6ビバ−ク)で、完全に磨耗した。
同時期に同じく『試供品・モニタ−・レポ−ト作成』を、条件に無料・供与されて2シ−ズン使用した国産品の試験的な製品。スパイクの鋭さは、氷で有効だったがフル・ジヨィント・タイプの欠陥が見られて愛用品としては使用しなかった。当時としては固定バンドの方式にも、オリジナル的な工夫が見られ、ブ−ツへの適合システムにも良いアイディアが加えられていて、後継製品には期待していたが、普及品として新製品が出ることは無かった。
個人的に『アイス・クライミング』では、初期に最も多用して数台を何年間にもわたって購入・使用し続けた、お気に入りの『アイゼン』これもフランス『シモン・マカ−ル・シリ−ズ』ヒ−ル・ビンディングが鮮やかな、フラッシュ・ピンクの製品には、ことさら想い出が多い。3台は続けて購入・使用していた
貫野氏が「セント・エライアス」で、実際に使用していたと言う元祖『シュィナ−ド・オリジナル』の、完全リジットを持ち帰っていて、それを僅かな回数だが無理を聞いていただき、藤内や南アルプスに持ち込んで履く機会を得ていた。できれば、同じ『オリジナル製品』を入手・使用したかったが、残念な事に私は、その機会を得られず。仕方なく、当時・唯一これしか入手できなかった『アメリカCMI・シュィナ−ド・モデル』を購入した。大山北壁から穂高岳でのソロ・クライミング時に、最高のフット・ギアとして愛用・岩はこれでないと登れないとまで思ってしまった名品だと、今でも思い出す『名品』絶妙なデザィンとリジット独自の剛性感は非常に安定していた。最初・ネオプレ−ン・バンドを使用していて、後に自分なりに工夫を凝らして特別に入手した『ラチェット・バックル付属の硬質バンド』で、アイゼン固定具を作成して、短期間は八ケ岳などの「アイス・クライミング」の現場で使っていた非常に目立ったが、低温化での硬質・樹脂バンドが耐えられず、実用品とは、ならなかった。
『シュィナ−ド・オリジナル・リジット』から、遅れて登場した初期の欧州メ−カ−製品として、最も完成度が高く
『アイス・クライミング』での使用に、適していた『シモン・マカ−ル・シリ−ズ』の『リジット・タイプ』これも『セミ・リジット』と同じく、私は数台・継続的に使用していた。(下・写真)は3台目の購入・使用品
『リジット・タイプ』も、初期・入荷品はバックルがフラッシュ・ピンクだった。
1980年代に様々なタイプ・デザィンの新型『アイゼン』が登場して、とても全てを利用する事など出来なかったが、試供品・以外にも当時は仲間・以外のクライマ−と、共通の意識・目的で新しいギア類を現場で試験的に試用する、機会は多かった。

テント場やビバ−ク場所で、偶然に知り合って『鉱泉小屋キャンプ場』で、再会して停滞日にギア類の交換など・良い機会に恵まれていた。故・吉尾氏や長谷川氏の縁や、小屋のオヤジさんからの紹介で酒を酌み交わした「山の縁」での付き合いは、荒川出合・群馬や鈴鹿まで何かと、新しく良い刺激と様々な機会を与えてくれていた。

関西では、中々、そういった機会は時間的な制約や、自分のギアを他人に預けてまでの、メリットの感覚で気楽で手軽にとは、機会が増える事は無かったのは残念。ちょうど国内での『アイス・クライミング』普及・発展時期で、『鉱泉小屋・周辺?』の自然環境と共に、集まるクライマ−も良かった期間の恩恵だと思う。
ウッド・シャフト70cmに、片手『サレワ・アイス・メッサ−』アイゼンは当時の最先端『リジット・シュィナ−ド』まるで、ちぐはぐ「システム・技術」の発展期・以前からのアイス・クライミング経験者の私には、(下・写真)のサレワから出ていて「アイス・ハンマ−シャフト」に、取り付けるWスパィクも懐かしいギアの一つ。
crampons
セカンドに初めて、スパイクが加わったモデルも誕生
アンチ・スノ−プレ−トの発売は遅かった。私は渡欧時に購入して使用していた
シュィナ−ド・オリジナルと全く、同型
アメリカ製の初期『リジット』から、シモンのマカル−
モデルの『リジット』を使用して、次に使い出せした
のが『ロ−・システムのフット・ファング』初期モデル
のフロント・スパイクは雑・乱暴な使用で薄い板状
スパイクが曲がってしまう、致命的な『欠点』があり
2台を使用不能にしてしまった。

1台は、スペ−サ−を加工し、フロント・スパイクを
友人に頼んで、ステンレス・プレ−トから切り出し
成型して、私が研磨して改造後に使ったが、強度面
では充分に実際のアイス・クライミングに耐えたのだ
が、接合部のナットの強度が合致しなかったのか?
数度目の使用で、破損してしまった。

初期の『フット・ファング』の欠点だったフロント部分
を改良した『2世代目』も、スペ−サ−を加えた改良
だけで、あまり気に入らなかった。

その後、すぐに『ライト・タイプ』が、発売されて私も
この軽量化されたタイプを継続・使用。
樹脂板を加工して、貼り付け『スノ−・プレ−ト』を
付け加えて使っていたが、基本的に歩行には向か
ない、アイゼンだった。
仲間も、この『アイゼン』でクライミング後の下降で
何人か、コケタ。
市販品の『赤い雪避け板』は、性能的には湿雪に
あまり効果は無かった。
フロント・スパイクの保護スペ−サ−
『グリベル/ランボ−・シリ−ズ』と、共に愛用していた『ライト・タイプ・フット・ファング』
フロント・バ−が外れる経験を数回、もっている当時の革靴と、必ずしも相性は良くなかった。
画期的だと、感じて・すぐさま入手した『シヤルレのノバ』フロント・スパイクの1本が驚くほどの効果で
『アイス・クライミング』の技術と範囲を広げた。長・短2種類の交換スパイクも付属していて、私は長い
タイプを愛用していた。今は、靴に合わせる「サイズ調整・機能」が、非常に簡単なシステムなので主に初心者へのスク−ル・レンタル用具として活用している。一度・知人に頼まれて、貸し出してフロント・バ−を壊されて、他メ−カ−部品を加工して補修してある。
ヒ−ル部に『スパイク』が付けられたモデルは『シャルレのボワバン・モデル』にも、過去1種類アイゼン機能としては『アイス・クライミング』とは全く違う、急斜面での歩行下降・時の使用を前提に製造・市販されていた物が、あったが・私が生まれて初めて『アイス・クライミング用・アイゼン』で『後ろ爪』を使用したのは(下・写真)のシモン製品から。
非常に価格的に『高価』なので、一般的に多くの登山者&クライマ−が使用している『アイゼン』ではないが、私を含めてアルパィン系/高峰での『ガイド活動』を、実践的に行っているクライマ−には愛用者が多い。

国産『ミゾ−製品』の『チタニムウ合金・使用ギア』の中でも、最も評価を得ている『アイゼン』

八ケ岳で最初に実施された「ガイド連盟(現・協会)主催の研修会」で、御一緒した制作者からの好意でガイド割引・購入で、最初の1台を使用し始め、5年〜6年・感覚で同一モデルを買い換えながら愛用している。

3個の使用・分で2個、全く同じ箇所を破損『スパィクが折れる』していて、その辺りの問題は他・使用者からも聞き及んでいるので、問題点は存在している。非常に軽量に造られているし、デザィン的にも優れていて一般的な雪山や氷河での利用に適している。
『リジット・デザィン』としては、グリベルの『ランボ−・シリ−ズ・モデル』と比較されるBD製品だったが、セカンド・ポィントの形状や、プレ−ト・システムの重量などにも不満が残り、改良・改善が進む前に新たなタイプに、完全・変更されて市販品は無くなった。スペア・スパ−ツが、比較的・安価だったので使用していた。
20年前に、この『縦爪モデル』が、使用できていれば・そう思うが、現在は問題点が見つかり使用できない。
『ICIからの試供品』をTV関係での、ガイド業務を中心として使用する機会に恵まれている。

(下・写真)の2台も、同じ時期に使用して、感覚は掴んでおいた。『サルケン』タイプには3種類のビンディング・システムが採用されていて、市販品の3種類の固定方法の中で個人的に、人に薦めないタイプも存在。コンペから機能が特化した『モデル』に、関しても目的が、はっきりとしていない人達には使い辛い『製品』もあるので、使いたい人は一度、試用してから購入を決めた方が良いでしょう。

私も、同じタイプを購入・使用していて『ヒ−ル交換バ−ツ』の『エペロン』と呼ばれている『バック・ポィント』も使っているが、基本的に歩行や通常の、使用目的には合致しない。難度の高いアイス・クライミング専用。この種類の『プロトタイプ』を、海外で以前にも履いたことがあった。
これら紹介品、以外に段ボ−ル箱に溢れる古くて使えない『各種アイゼン』多数
パ−ツの固定を、ボルトを追加して強度を高めてある
アイス・クライミングのシ−ズンが、始まる2ケ月・前から私は
使用を予定している、数台の『アイゼン』のメンテナンスに時間
が、必要になって来る。ジョィントを外して、シリコン系の保護剤
のスプレ−を、使う前の金属専用の潤滑スプレ−から、から拭
き、最後にパ−ツを組み立てながら、磨耗や亀裂を丁重かつ
慎重に『チエック』してから、研磨して準備・完了。

現場で『トラブルが起こる90%』は、メンテナンス不良か、点検
を怠ったミスに、依ることが多い。
新品・状態での「アイゼン自体の破損・トラブル」の、可能性が
100%・全く無いわけでは無いが・・・・

ジヨィントが破産しても、爪の1本が折れても現場では何とかし
て、これまで無事に下山して来たし、クライアントの持って来た
「アイゼン」の不備にも、対処して来た。

それでも、購入後の『芦屋ロック・ガ−デン』での、試用・練習
を過去30数年間、怠った事はない。
『テレマ−ク(皮製)ブ−ツ』用の、非常に軽量な『アルミ合金アイゼン』も数台、所有していた。
『アイゼン/クランポウ』が、登場し積極的に使用されるまでの氷雪の山では、皮製・登山靴の底に各種の『金属・鋲/スパイク』を直接・埋め込んだ、滑り止めタイプが使用されていた。それぞれの対象・条件や使用する登山者、クライマ−の好みで、これらの小さな『金属スパイク』には、幾つかの種類があり『トリコニ−』と呼ばれた『金属スパイク』は、その名がル−トや岩場の固有名詞としても、今でも残っているが、これらの名称の元となった『物の現物や、名称の経緯・歴史的な意味』が、理解出来る登山者もクライマ−も、最近では少なくなって来た。
『鋲靴/登山靴の底に直接・打ち込まれた金属スパイク』の次に、登場し『アイゼン』の登場・時期とも重なりながら、日本では殆ど、その『用具』に関しての、情報も記録も見られない『ラントベシュラ−ク』は、今ならば軽アイゼンや軽量スパイクと呼べる機能を有していた、簡易型の『アイゼン』だが、その存在は忘れられた。

金属の塊から、叩き上げ研磨されて造り出された、最も初期の『アイゼン』は重く、お世辞にも美しいフォルムで登山者を惹きつけなかった。同時期の『アイス・アックス/ピッケル』が、徐々に工芸的な美しい形状へと進化しだしたのに比較すれば、最初の鋳造・鍛造アイゼンは『鬼の爪』等と、揶揄されて登山の中で使用を拒否され、否定された最初の『用具』として知られる。

世界初の鋼合金アイゼンを作り出したのは、イタリアの『グリベル』で、初期の本格的なクライミングに対応して、製造された前爪機能が評価された『アイゼン』は、職人芸モデルの用具だったらしく、現在の基準に照らしても充分に軽量な物だったらしいが、各国で使用され出した、製品には、そういった超・軽量な製品が誰でも簡単に、利用できた訳では無かった。
金属板を、打ち抜き成型・加工(プレス工法)して、作りだされる様になって『アイゼン』は、工業的に大量に生産でき、広く普及した。均一に製作できて、それまでの職人的な個別生産による、パラツキや熱処理の失敗作も限りなく、少なくなって前爪(フロント・スパイク)の使用も、徐々に一般化し、各種のアイゼンが作り出されるようになった。同時に、調節・機能が加えられて登山靴の大きさを変えても、同じアイゼンが使える『サイズ』の問題も、解決され出して格段に使いやすくなっていった。
『ナゲ−ルやトリコニ−』に代表される、『鋲』をソ−ル部に直接、埋め込んだ初期の登山靴が『ビブラム・ソ−ル』に変わって、本格的な氷雪の山での『アイゼン』の必要性が高まり、『アイゼン』の使用に対しての、批判や否定論・者も消えて行った。氷河での活動から、徐々に急傾斜の氷雪壁で積極的に、活用できる形状へと進化し続けた『アイゼン』は、製造方法も進化して、鋳造・鍛造品から『プレス板・方式』で様々なデザィン・機能を有した物が誕生していった。『前爪・フロントスパイク』を最初に、採用した『アイゼン』はドイツ・オ−ストリアのクライマ−が使用し始めて、各国のクライマ−も使用し出した。日本国内では、初期に8本爪から10本爪タイプの『アイゼン』から、使用者が増えてから欧州から、遅れて前爪タイプの『プレス方式』で生産されたアイゼンが普及。
(下・資料)プレス板・打ち抜きでの現代的な『アイゼン』が、誕生したのは半世紀・近くも前の事で初期のサイズ調節・機能を持った『アイゼン』の、中には現代の『リジット・システム』で、採用されているような、斬新な『デザィン』機能を求めた、工夫が見られることは、大きな驚きだ。
『サレワ』の12本爪・アイゼンを履く前に、使用する機会に恵まれた『フランス・シャルレの10爪アイゼン』これも貰い物だが、長く使う機会は無く、国産の『タニ』と、クライミングに使い出した『サレワ』を、入手後はコレクションとして所有するだけの『道具』と、なってしまった。時折、イベント等で木製の背負子やクレッタ・シュ−ズに本物のアンティ−ク機材や、家宝物の『磁石』と、共にライタ−の友人が借りに来る・・・・
『岩用』と『氷/アイス』を、分けてアイゼンも使い分ける基準が『ラプラウドとシモン』の、アイゼンが登場してから、広く一般的にクライマ−にも理解されて、実際に使い出された。以前から国産の『タニ』や、フランスの『シャルレ』イタリアの『グリベル』からも、使用目的に合わせたデザイン上の違いが見られた『アイゼン』は、考案されていたが、アピ−ルの部分で『ラプラウド』は良い意味でも、広告面でも成功していたように見える。

『シモンのマカ−ル・シリ−ズ』が、多くのアイス・クライマ−から支持されて使われるまで『ラプラウドのドメゾン・モデル』の、人気は高かった。靴底へのフイットを高める「調節金具」は、単純だったが強度面での不安も少なく、初期の『プレス・タイプのアイゼン』としては、『強度テストの跡』が視認・確認できる部分などにも、他メ−カ−に見られなかった良い工夫が見られた。こういった感覚的な良さも必要だろう。
アルミ・モデルを別として、、チタン製のアイゼンを3種類しか、実際に履いて使用したことが無いので『サレワ』の欠点は言えないが、やはりチタン・モデルで『ミゾ−/チタネスク』の、優秀性に軍配は上がるとは思う。
2007年4月、今回も『ミゾ−』を購入した。初期モデルと大きな変化は無いが、先端部を今回は別売りの最新の『ワイヤ−』に変更してみた。これで3代目のチタネスクの使用となる。
Friday, 18 May, 2007
ガイド的な『安全記基準』からすれば、当然なのだが3代目の購入・使用となる『チタネスク』には、2007年度、ミゾ−からオ−プションョン・パ−ツとして発売されている、新しいフロント金具が柔軟な金属ワイヤ−を使用してみた。初めて使う、用具なので不測のアイゼンの脱落の危険性を考えて、他社・別売のフロント金具と固定バンドを繋ぐ、補助システムを付け足して補強して使用した。
少しばかり、着脱の手間が増えるが安定感(安心感)には、かえられない。
2007年『岳人 No725』P149に掲載されたPETZL社製クランポウ
『サルケン』のリコ−ル
かなり深刻な製品の欠陥の報告。リコ−ルが必要な機種は全ての
ビンディング・システムの『サルケン』私の使用中の『サルケン』も含まれていてICI神戸店にも、相談後にリコ−ルに応じる。
12本のスパイク先端部分に『タングステン』鋼材を埋め込んだ『RED−POINT』と、呼ばれたサレワの改良モデルは、ほんの一時期だけ、市販されたが評価を聞く前に、日本国内での流通は、消えていた。アィディア的には、中々に面白く性能に期待できたのだが・・・・・
湿雪の付着・防止』幾つかの、ペィント塗料を試している。

氷雪技術の習得に、どうすれば実践的に学べるのかと真剣に考えていた頃。関西では真夏に堅雪・雪渓は存在しないので、黒部の岩場から移動しての、長期キャンプの中で基礎的な練習を積み始めていた。アイゼンとピッケルを持ち込んで、たまに小屋から『雪、取ってきてくれ』と、頼まれて鍋を持って・・・・
キャンプ場からは、各地の『大学山岳部』のメンバ−達が珍しそうに毎回、見ていたのを記憶している。

八ケ岳での冬季ガイド山行で『赤岳鉱泉小屋』に連泊中、誰かに盗まれてしまった『シモン・ラピッド・マカ−ル』モデルのアイゼン。同じ様に山で、テントの外に置いておいて盗まれてしまい、翌朝からの大滝でのアイス・クライミングを泣く泣く、諦めた記憶。40年間で3台も山で無くして来た『アイゼン』の記憶は寂しい。
『スノ−シヤット』は、消耗品なので梱包用の布ガムテ−プを頻繁に『アイゼン』に、貼り重ねて代用していた。市販品のPPシ−トに代わる、少し厚みのあるポリエチレン・シ−トも80年代には、シ−ズン終了ごとに代用品として、自分達でカットして、各種アイゼンに合わせて使用していた。樹脂製の次に、ゴム系の製品が幾つか登場して、確か初期のシモンの市販品を現地で購入して氷河で使って、帰国後の春の連休に使うと、あまり効果が発揮できなかった記憶がある。似たようなゴム系のアイゼンに取り付ける、用具にはシモンやBDの製品も、あり数種類を使用していた時期があったが、当時の、この軟質ゴム系の用具は、数年経つと変質してしまい、長期間の利用には全く役立たない、無駄な出費だった。
梱包用・布製ガムテ−プは、他のクライマ−が「スノ−シヤット」代わりに利用しているのを見た事は無いが、意外と使い易くて便利だ。まず、価格が安いので頻繁に痛んだ箇所を、修理できて、工具も不要でアイスクライミングの現場でも簡単に補修も行える。そして、超軽量で剥がした後のゴミは、焚き火の火付けに最適。
Sunday, 18 October, 2009
『SMC』の完全リジット・タイプのアイゼンに、ネオプレ−ン製バンドを付けて、両手は『シモン・シヤッカル』
Thursday, 27 January, 2011
2014年1月12日
Thursday, February 20, 2014