クライミング現場での『N・P ナチュラル・プロテクション』 |
『自然の中に、存在している。又は、氷瀑・氷柱の様な、論理的に加工しても構わない造形物の利用 |
クライミングの歴史の中でも、最も初期から利用されて来た 原初的な『安全・確保に関する手段・方法』 |
日本国内の『山岳・環境とクライミング・フィ−ルド』では、RCC時代から、岩壁内の植物(植生)主に、立木や潅木を、積極的に利用して来た。フリ−、エイドを問わず『日本国内でのクライミングの歴史』では、初期から現在まで、ル−ト開拓での自然に自生した「植物」に、プロテクションを頼る例は多い |
緯度と山岳の標高、そして『氷河の存在』等の自然環境の大きな、違いで欧米と、日本国内での山岳環境での本格的な『クライミング・コンディション』が、違うのは当たり前。当然、森林限界より上部・植生・植物の助けが得られない環境では、最も初期から『クライミング』での、確保手段や方法も違う。クライミングの前段階に 『沢登り』が役立つとか、歩行・そして渓流から、縦走、その先にロック・クライミングで、目的が氷雪の山という時間を含めて、何ら論理的でもなければ、実証例も証明方法も持たなかった『方法論』に、縛られていた時代でも、何かが可笑しい矛盾すると考えた。若者たちは多かった筈。立木や潅木を、主要な『確保』として使う事を、教えたのは多分に『渓流ジャンル』からの、現場・実績からの提案と主張。海外での氷雪の山では、まず殆ど通じない。 海外の氷雪に覆われた岩壁で、使う機会の無い『潅木・ブッシュ』等を使用する技術が不要・無用な訳ではなくて、実は国内での様々なクライミング現場では、奥の手・感覚で使用され、使える経験は必要だと、私は考えている。薄いベルグラや不安定な雪壁・直下から掘り起こして、僅かな機会が得られる『支点』としたり、直接・間接を問わず『確保』に使用したりする事は、必要性から生じる現場での技術だ。 細い潅木や草付き地帯の僅かに根を張ったブッシュでも、数本をまとめて、更に複数を連結して、強度を増加させて使用するなどの経験から得られた、ここ一番の得られる条件の中での『使い方・技術』も、一定の価値を持った特殊な技術と考えるべきだ。渓流・渓谷、範囲でのクライミングでも、似通った条件で使用しなければならない条件に遭遇する。ある程度は、この種類の現場体験に出会う前に、安全な環境化で何が使えるかを知っておく努力は、安全性の向上に役立つでしょう。 掴んだ潅木や木の根が、折れて墜落・滑落した事故例は意外に多く、どの程度の太さや傾き加減、使う対象の生育状態を、確実に判断出来る知識や能力も、体験からしか生まれない。 以前から多くのクライマ−に使われて来たからという単純な『経験則』から、今日・自分が使用しても安全・大丈夫と、簡単に自分の生命を1本の立木に委ねて、その結果・致命的な不運に見舞われたクライマ−を私は狭いクライミング社会の30数年間で、数人・知っている。実際に落ちていく不幸なクライマ−を、この目で見てしまった経験も含めて『警告』調査・確認・疑わしきは使わない。厳重な注意が必要なのです。 |
1980年『Alpinismus 8/80』 P28〜P31 (Bernd Arnold zu aktuellen Fragen des Sport−Kletterns)より転載(資料) |
岩にしても氷にしても自然の造形物を利用して、何らかの確保支点を利用する場合の利点は、簡単な作業と単純な用具だけで、素早く『支点設置』を行える点だが、その簡単さ・に、脆弱な欠点も秘めている。 何万年もの時間の経過の中で、膨張・収縮に、風雨の影響を受けて太陽と風により、内部構造までは人の 能力では完全には判り難く、せいぜいが打撃音に、見た目の多分に『感覚的』な判断で、強度を測っている岩と言う自然物には、そういった見た目では解らない部分が多い。氷瀑や氷柱に関しては、組成状態そのものからして、岩石よりも更に、その構造上の強度を測るのが難しい。 それでもなお、こういった自然の造形物・ナチュラルな支点を使う意味には、大きな価値が含まれている。 こういった、本物の『ナチュラル・プロテクション』を使用するには、洞察力と共に使える範囲を、経験から正し く、判断できるだけの体験が必要。誰かが、使用した岩角やピナクルに残置されたスリングだけを頼りにしたりガイド・ブックや、トポの記号だけを、信用するのは論外。何を、どう確かめて使用するかは、完全に個人の判断。身近な「岩場での事故例」だけでも多数。中でも実際の事故現場に遭遇して、全てを目撃・体験していた私には、特に懸垂下降・時の支点として利用した岩突起や立木の、崩落や加重による破損の恐さを知っている。 |
『ナチュラル・プロテクション』の最大の利点は、場合によっては人工的な工業製品である、現代的な各種・プロテクションより強い強度を有していて、その強度を得る為の装備の軽減・軽量化を、単純なスリング類で代用できる そういった利点が使える点だが、いつ如何なる時でも、そういった利点が使用できるとは限らない。 (上・右写真)の氷瀑で頻繁に見受けられる、一種の氷柱状態の箇所では裏側を強制的に加工するなどの方法でも簡単な作業で、一種のプロテクションを得られるが、その支点の実際の耐強度に関しての、科学的な実証強度や完全な予測は、まず不可能。体験・経験則から得られた、予測判断だけが頼りな場合も多いのだ。 経験的には、自分の命を預ける、万一の場合の確保支点に耐えれるかが判断できれば、使う価値は充分。 思っているよりも、初心者が見て考えているよりも、意外と頼りになる場合が多い。逆に、全く使えそうも無い部分で明らかに、間違って使っているクライマ−も現実には存在する。単純な強度計算や予測が行なえない、未熟なクライマ−が確保支点として使用して、逆に二人して自分達の体重で、氷面を滑落して来た現場を目にした事もある。 使える為には、使う為の技術と共に経験が必要な『技術・項目』そして、何故・使うのかも大事。 |
ズボンのポケットは使えない。安物のセ−タ−の袖を折り返した中にアプロ−チの途中の鉄道・レ−ル線から 拾い上げて来た小石やマシ−ン・ボルトの締め付けナットを収納して。 クラックの奥に、それらを丁重かつ慎重に食い込ませて数少ない6mm程度の三練ロ−プ・スリングを巻き付けて、これも数少なく持っている貴重なカラビナを介してロ−プを通す。落ちると、この頼りないプロテクションが本当に効くのかなという、疑問・疑念が沸き起こるが他に頼れる物は存在しない。1年間、この岩場ではピトンを含めてル−ト上に金属類を見た事は無いので、これが当たり前になって来ていた。 究極的なポィントではクラックの途切れた、僅かな狭まり部分にロ−プ・スリングに作った『コブ』を引っ掛けて それが唯一のプロテクション等と言う場面もある。ここを突破すると拍手喝さい。 グレ−ドではなく、そのフェア−な態度や勇気に対する声援である。 我国では、すでに消え失せた、もしくは存在していなかった一種の過去の美風? 狭いチムニ−奥からチヨック・スト−ンの表側から登り、やおらロ−プを解いてチヨック・スト−ンの自分とは逆側からロ−プを回して、再び自分の身体に結び直す初老のクライマ−を見た。 最初、これの意味する事が理解出来なかった、しばし後に、これが伝説・古典書で読んだ事しかなかった最も初期のフリ−・クライミング時のプロテクション・確保方法だと気が付いた時には、彼は終了点で満足気な笑顔を見せていた、こんなシ−ンを日本で見た事は一度も無い。 何がフェア−なのか?原初的な疑問の解決の一つなのかもしれない。スタイル面での議論は難度追及の 風潮から、私の知る限り、現状では風化したと言うよりも、完全に黙殺・消去された。 特に、本当の意味での『ピュア』な理想は、語らない事が今風なので。 |
かっては誰でも(古典派のクライマ−)なら話題として楽しんでいた北穂・滝谷ド−ム中央稜の終了点の格好の確保用・支点として使えたピナクルとか、私達にとっては最も身近な六甲山・東部「仁川渓谷のム−ン・ライト」終了点の岩角など、この種類の単純にロ−プを、かけたりスリング類を裏側から回して固定できた『支点』は初期のクライミング体験から、比較的・安心して体重を預けれる自然が与えてくれた『プレゼント』だったがム−ン・ライトの岩角は、ある日の使用者が懸垂下降・途中に突然・根元から割れて使用者と共に落下した。 その墜落してしまったクライマ−の数分前には、私自身が崩落した岩角で同じ様に全体重を預けて壁を下っていたので、その時の驚きは尋常ではなかった。当時、搬出から病院へ、友人は幸運な事に、事の重大性が信じられない強運の持ち主だったが、ほんの少しのタイミングのズレや、運で死に至っていたかもしれない。 |
理想的な位置と、強度。まるで神様からのプレゼント |
基本形の『ロック・クライミング』機械的なカムやハンマ−が必要な器具も必要としない。何万年もの自然環境の中で偶然・生まれた「プロテクション」そうそう、滅多に必要で使いたい場面で遭遇するとは限らない。 『サンクス・ゴッド』太平洋の荒波を目前の岩礁帯がブロックしてくれた、小さな入江の奥深く石灰岩・特有の複雑な岩質・環境は通過・横断不可能と思われた箇所に、人一人が通り抜けられるトンネルを用意してくれていた。更にトンネル出口からの下降ポィントには、まるで私の意志を夢を適える為に存在しているような格好の支点設置が可能な造形物。こんな幸運は滅多に出会わないだろう。まるで、19世紀の終わり頃の開拓クライマ−が西部アルプスの石灰岩・岩壁で体験したような素晴らしい体験。フラットソ−ルにナイロンザイル、恵まれた近代装備に過去からの多大な恩恵。技術革新にトレ−ニング方法は効率化していても、根底のフリ−クライミング・ロッククライミングの源流を少しは、垣間見る機会が得られれば幸運。 |
『ピトンの使用・以前』もしくは、ピトンを含めた『あらゆる人工的な補助手段』ようするに、クライミングで人為的に何らかの手段を用いる事を『徹底的に拒否』し、フリ−クライミングの思想面での確固とした信念を『行動で実証・表現』した、稀代のクライマ−が1986年オ−ストリアに生まれた『パウロ・プロイス』完璧な『ソロ・クライマ−』としての、活動記録は多くの『冒険的なクライマ−』に、大きな影響を与えた。 『本当のフリ−クライミングの元祖・それこそ精神的な父』と、呼ばれるべきクライマ−の筈なのだが、名声は日本のクライミング社会?では、何故か影響や尊敬心の言葉を聞く機会は、少ない。 |