『六甲山・東部・仁川渓谷』 『芦屋川』情報
ここは『六甲山』を、取り巻く環境・自然の保全や「身近な遊び場」を、考える上で私には、とても重要かつ、大切な【場所】です。
【仁川の自然を考える会】や【甲稜中学】そして地元の子供会や、小さくても活動に大きな意味を持った、幾つかの『環境・保護グル−プ』との出合い。そういった、地域の中で『仁川渓谷』の自然環境を真面目に、考える人達との交流・交友から様々な『渓流』を、使ったプログラムが生まれました。
山・登山と呼ばれる「遊び方」の、世界とでも呼べる環境に長く携わっていると、『六甲山』に、代表される様な地元や都市・近隣の身近で、いつでも気楽に立ち入れる「場」の、山を徐々にですが・他の山々との、標高や難易度との比較で『軽視』しだす、傾向が強まります。そういった数理的に、比較・判断する山での体験を積み重ねる事に、最も精神的にも心理面でも、「上達」の二文字と共に、意識が影響されているのが「クライマ−」=『クライミング』と呼ばれる、遊びを好みにする人達で、クライミング要素の高くなる「沢登り」愛好家も、少しばかり表面に見える『活動や行為』が、違っても意識面での「山の比較」には、面白いもので・とても似通った、ものを持っています。そういった『比較・論』の中では、六甲山の東端・古くから住宅地に近く。上流部を開発された農業地や行楽・施設、車道に遮断され。下流部は様々な都市環境に遮られ・流れる水自身が、かなり古い時代から『渓谷・内』に構築された、水路で利用されている、こういった人工的な環境に前後も・周囲も取り囲まれた、言ってみれば「閉鎖」された自然・環境の中の「渓流」は、馬鹿にされるのは仕方のない事でした。
この『閉鎖された自然・環境』としの、『仁川渓谷』の価値を、再発見したのは子供時代ではなくて、どこも同じの「高度経済・成長」と呼ばれた『時代』の、多分?この「渓」が最も汚れて・環境が最悪だった頃です。泳げた・記憶・遊べていた頃の記憶を持っていなかったら、『再発見の機会』は、きっと随分と後に、なっていた事でしょう。別に「レィチェル・カ−ソン」の著作を、当時に読んでいたからとか、特別に「自然保護」に意識や興味が高まっていた訳ではなく。周囲の大人達に、そういった進歩的な意識を持った人が、いた訳でもありませんでした。
先見性に富む、先輩が、いなかったのが残念と言えば、非常に残念な環境でしょう。古典派・軍隊的な子供の活動には、当時も参加して「山を中心」に、かなり、他の同時代の少年達と比べれば山歩き・キャンプに焚き火・そういった遊びに費やしていた時間は本当に多かったのに、取り巻く・利用している「環境・場」に関する、本質的な『意識は希薄』使い捨て・文化の中に、取り込まれた「遊び方」を知らず知らずに、教えられていたように思います。
『山とか。クライミング』の世界から見ていれば、都市化の波に埋もれて。沢関係者からは、見向きもされない、こんな小さな渓流に肩入れして何が、面白いのかと。
消えようとする「自然」に、子供時代の、想い出が重なって。
その上に重ねた、自分自身の「クライミング」の原点とも感じる「渓谷の岩場」の、存在が、渓流を含めた自然環境の保全から環境・保護へと意識を向上させて、くれた様です。
身近な『自然環境』の、再発見と遊び方を新しい、視線と方法で提供します。
ただ。使うだけではなく。
エリアやコ−スを多くの人達が安心して使え、事故を未然に防ぐ活動や作業も、山で生きる道を選択した者の役目。プロのガイドならば、山からの恩恵に還す、活動は当然でしょう。
以前は、定期的に『仁川渓谷の岩場』も私が清掃・整備の手を
加えていました。その、当時ならば「三段岩」=(右・写真)も
この様に、草付も綺麗に剥がし、クラック・ラインも快適な「課題」
として、いつでも楽しめました。
数年前より、異なる「意識で、共有・使用」出来ないクライマ−
が、増え過ぎたので。私も、清掃・整備の手を加えるのを止めて
しまいました。
私が主催して、実施している「バリアフリ−企画」
での、この渓流を利用した、多くの子供達も加わった沢登り、では新聞社からの取材も実に多い。
震災後からの『企画』だけでも、小学生の参加者は
300人を越えている。最近では、関西の夏の定番
映像として、私の実施している「キャニオニング」と、共に、紹介される事が多くなって来た。
『子供達の環境・教育』体験・学習、等。実施・企画の「趣旨・趣向」が、プロガイド参加・協力で社会的に、意味を持つと判断出来る「企画」でしたら、無料・支援。ガイド利用・に関する費用を請求しない、『ボランテイア』参加での協力も行えます。
『企画・内容』を、証明できる公的な資料と、共に担当者からの相談にて、お応えします。
『沢の無料・講習、企画』の利用を、山岳グル−プや組織で、御利用・頂ける方法は・ありません。例外は、「チャレンジド」を中心とした・ハイキングやアウトドア・スポ−ツを支援・サポ−トする為に組織化・グル−プ結成された『活動』を、行われている方達です。自分達の「遊び」だけで、組織・グル−プ活動されている方達には、ボランテイア意識を感じません。
最近では、私の企画を取材したTV映像や新聞・記事で紹介された 『仁川渓谷』を見て。登山(沢)愛好家も夏には、この小さな渓谷に集まり だしました。しかし、滝を巻き、泳ぐのを嫌っている人達が大半。遊び方の ポィントが判り難いというのも理由でしょうが、場の使い方が下手なのは勿体無い |
ボルダリングと同じで。30数年前から、沢下りスタイルを楽しんでいた私にはキャニオニング・タイプの沢は得意 |
(某)山関係で、凄い人数で六甲山のハイキング道を歩いているグル−プと頻繁に私は出会う。相手は私の事を見知っている様だが、私には懇意にしている人は誰一人いない。毎回・唐突にその中の、女性が私に声をかけてくるが大抵は「私達も活動してます」障害者のハイキングに力を、貸してます。そういった意味の事を、強調・主張したいらしい。そのグル−プが年1回ペ−スで、そういった活動を近郊の山で行っている事は以前より知っている。私に言われても、そう思うが彼女達には何か弁解染みた言葉が必要らしい年に1度か。 自分達が山歩きの楽しさを知っていて、それが機会として年に1度ならば、はたしてどう思う・感じるのだろうか。機会を与えている、そういったニュアンスを感じる、言葉や態度を感じると私には、同じ仲間とは感じられない。これは、何故だろう。 |
各種『最新・渓流・専用装備レンタル』 |
2004年・山と渓谷『別冊・ちよつと山まで』 |
多分?アルパインガイドの系列の中にいて、行政や郵政省・その他のボランテイア枠での支援を受けて、無料講習や道楽・企画を頻繁に実施しているのは私だけ。この時もカンポ支援の推薦枠を頂いて、子供達を大勢・川で遊ばせた。 |
仁川渓谷 |
こちら夢通り・撮影風景 |
2006/04/07 (金) 10:21:41
NHK神戸放送局『チャレンジは手を取り合って』は録画していますが、写真は残念ながら手元にありません。同様に、他の企画・取材の多くも写真が少ないのは惜しい。 |
親子・参加に向いたコ−ス&プランです |
阪急『芦屋川』より |
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90年代から、私の開拓・整備コ−スでの『企画』を、真似する人達が増えて来ました。 |
確かな判断基準と目を持てば、良い時期のみ楽しめます |
『仁川渓谷・遡行図』 |